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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23014号 判決 1997年6月23日

原告

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

松田昌士

右代理人支配人

東京地域本社長 力村周一郎

右訴訟代理人弁護士

井関浩

被告

小林正利

右訴訟代理人弁護士

大口昭彦

遠藤憲一

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の室を明渡し、かつ、一一万五五六〇円及び平成八年四月一日から右室の明渡し済みに至るまで一カ月一万八〇〇円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告がその従業員である被告に対し、被告は寮の利用規程に定められた使用制限年齢を超えているとして、被告が占有している寮の一室の明渡し及び使用料等相当損害金の請求をした事案である。

一  争いのない事実等(以下の事実は、当事者間に争いがないか、末尾掲記の証拠によって認められる。)

1(一)  原告は、昭和六二年四月一日「日本国有鉄道改革法」(昭和六一年法律第八七号)及び「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」(昭和六一年法律第八八号)に基づき設立された会社である。

(二)  被告は、原告の従業員である。

2  原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「杉並寮」という。)を所有している(<証拠略>)。

3  原告は、単身の社員らの共同居住にあてる施設としての寮を所有し、原告設立時から「社宅等及び社員宿泊所等業務・利用規程」(昭和六二年四月人達第二八号、昭和六三年四月厚達第三号、平成三年一月厚達第一一号で改正・以下「社宅等利用規程」という。)を制定し、これに基づいて社宅とともに寮の管理運営をしている。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

4(一)  原告設立時の昭和六二年四月の社宅等利用規程では、居住の期間について第六条で、「社宅等に居住できる期間については、別に定めるところによる。」と規定し、社宅等の明渡しについて第一一条で、「社宅等に居住している社員等は、次の各号の一に該当した場合は(中略)、寮にあっては三〇日以内に明渡さなければならない。ただし、やむを得ない事由があると社宅担当機関長が認めた場合は、明渡しの期限を延長することができる。」とし、同条三号で、「第六条に規定する居住期間を経過した場合」と規定していたが、居住期間について別に定めるものはなかった。

(二)  原告は、平成二年一月八日厚生部長通達(厚企第二二八号)を発し、「独身社員の寮の居住期間は、満三五歳となった日の属する月の末日までとする。ただし、平成七年三月三一日までの間に限り、満四〇歳となった日の属する月の末日までとする。」とし、この施行を同年四月一日からとした。

(三)  そして、平成三年一月改正の社宅等利用規程(平成二年一二月一六日から適用)においては、第六条を「寮に居住できる期間は、独身の社員等にあっては満年齢三五歳となった日の属する月の末日までとする。ただし、社宅担当機関長がやむを得ず必要と認めた場合は、居住できる期間を延伸することができるものとする。」と改訂し(以下「本件改正」という。)、その附則で、「この達施行の際、第六条本文の適用については、改正規定にかかわらず次の各号のとおりとする。(1)平成七年三月三一日までの間に限り「満年齢三五歳」とあるのを「満年齢四〇歳」とする。(2)平成四年三月三一日までの間は、第六条に規定する寮に居住できる期間は適用しない。」と定めた。

5  被告は、昭和六三年七月三〇日、杉並寮二〇六号室に入居し、その後、平成四年二月二日より、杉並寮の四一一号室(以下「本件寮室」という。)に居住している。被告は、昭和三四年八月四日生まれであり、本訴提起時に三六歳である。

6  本件寮室の一カ月の使用料等は、平成七年四月当時は使用料四八三〇円(電話機及び空調機の設備費各五〇〇円を含む。)及び光熱水料金四八〇〇円の合計九六三〇円であった。平成八年四月一日から使用料が一カ月六〇〇〇円に改訂されたので、一ケ月の使用料及び光熱水料金の合計は、一〇八〇〇円となった(<証拠略>)。

二  争点

1  被告の占有権原

(原告の主張)

原告と従業員との間の寮の利用関係は、若年で賃金が相対的に低い従業員に対し、会社の費用の負担において設けて運用する厚生施設である寮室を特別に低額な使用料で使用させるという企業の従業員に対する福利厚生施策の一つとして行われている特別な法律関係であり、原告は、多数の寮の管理を画一的に行うため、昭和六二年四月原告の設立当初から社宅等利用規程を策定し、これによって寮を運用管理している。従って、被告は本件寮室を社宅等利用規程の規律を受ける特殊な法律関係に基づいて利用していることになる。被告は平成七年三月三一日をもって同規程第六条の居住期間を経過したため、その占有権原を失ったから、明渡しを求める。

寮の使用は、労働契約の内容になっておらず、寮の利用と労務の提供との間に対価関係はない。このことは、寮の利用の有無によって、従業員と原告の労働契約になんらかの差異は存しないことによっても明らかである。

(被告の主張)

(一) 賃借権

被告は、昭和五三年三月、日本国有鉄道(以下、「国鉄」という。)に入社と同時に新宿「柏木寮」に入居して以来、一貫してその社宅である寮に入居し、相当の使用料を支払って居住を継続してきた。社宅使用の法律関係については、社宅の使用料の有無・金額・現物給付性等の諸事情を考慮して決定されるべきところ、被告は入居当初から現在まで使用料を支払い続けており、その額は一般の貸室賃料の相場に比し低廉であるにしても、使用者側は、社宅貸与により職員の募集・労働能率の増進・労務管理等の面で利益を享受しているのであって、社宅使用と労務の提供は対価関係にあり、社宅の現物給付性と右使用料とが合わせて賃料としての対価性を有している。従って、本件貸室使用関係は賃貸借であるから、借家法の適用を免れない。

(二) 使用貸借類似の利用契約

仮に、本件貸室の利用に関する原・被告間の関係が賃貸借関係とは認められないとしても、本件貸室の利用は雇用関係における労働力提供の対価の一部としてこれと対価関係にあり、この面から貸主の権利・義務に変容と制約を生じるに至っているものであって、本件貸室利用関係は、使用貸借に類するが、賃貸借的な効果をも生ずることのある使用貸借類似の使用契約(無名契約)である。従って、本件契約の終了時期は、使用収益の終了した時期(民法五九七条二項準用)であり、社宅として雇用関係に附従する性格上、雇用関係が終了しない限り社宅の使用目的に従った使用を終了したとはいえないし、また、貸主から一方的に終了させることもできない。

(三) 使用貸借による使用権

仮に、本件貸室の利用に関する原・被告間の関係が使用貸借類似の無名契約ではないとしても、本件貸室の使用収益を目的とする民法上の使用貸借契約である。従って、本件契約の終了時期は、契約に定めた目的に従って使用・収益を終了したときであるところ(民法五九七条二項本文)、本件においては、「寮」の使用目的(単身の職員の居住の用)に従った使用を終了したとはいえない。

(四) 労使慣行

使用者が、その雇用する労働者に対して一定の利便を供与し続けた場合に、それがいわゆる労使慣行として労働契約の内容をなすに至る場合のあることは、労働法学上確立された法理である。本件にあっては、一八年間にも及ぶ期間、原・被告間において永続してきたところの寮使用関係によって、現労働条件を前提とするかぎり寮の使用が認められるべき労使慣行が成立するに至っているものと評価されるべきである。

2  本件改正の有効性

(被告の主張)

原告は、国鉄時代の社宅等利用規程を一方的に居住者に不利益に変更し、不当な年齢制限を設けたもので、かかる契約内容の不利益変更は、手続的にも無効であり、内容的にも借家法の趣旨もしくは公序良俗に反し、無効である。

(一) 本件改正は、契約内容の一方的不利益変更であるところ、契約当事者である被告に対し、なんらの説明や合意を求める手続もなしに行われたもので、契約内容変更について、原・被告間に意思表示の合致はなく、無効である。

(二) 本件改正は、その内容において定年よりも遥かに若年での年齢による居住制限を設けるもので、合理性を欠き、もしくは借家法の趣旨に反する居住者にとっての一方的不利益変更であり、もしくは公序良俗に反し、無効である。本件改正にはなんの合理性もない。

第一に、寮設置の目的は「若年で賃金が相対的に低い社員に対し、会社が費用を負担して設けた厚生施設」とされている。ここでは「若年」に本質的意味があるのではなく「低賃金」の労働者のための福利厚生施設であることに意味がある。すなわち、一般に低所得の労働者に対する福利厚生施設が寮であり、それは被用者の低賃金を補完する給付的意味あいをもち、使用料が低廉なのも通常賃料との差額分が実質的には賃金保障の対価としての意味を有しているのである。したがって、低賃金の者を「高年齢」になったから出て行け等というのは福利厚生施設としての寮設置の目的に反する。

第二に、「所得の多い高年齢の一部特定の社員のみが長年にわたり居住する」というが、極く少数の三五歳以上の者が長年にわたって使用していたとしても、高年齢者が多数を占めて若年者を圧迫していることにはならない。「極く少数」であれば寮設置の趣旨に反するような有意的な影響はないと考えるのが筋である。また、その極く少数の「高年齢者」が「所得の多い」者とは限らない。現に被告はわずかに手取り一六万円である。

第三に、寮設置の目的を若年低賃金社員対象と強調しながら、実際は入寮者のうち独身者は全体の三九パーセントにすぎず、残り六割は地域間異動者、単身赴任者、広域出向者で占められている。これらの者は三五歳以上も含まれるのである。この現実は寮の設置目的に合致するとは到底いえない。また、原告のいう福利厚生費の使い方の「公平」の趣旨にも反するであろう。このような施策のために低賃金高年齢者を追い出すことに一片の合理性もない。

第四に、寮需給の逼迫予想は根拠がなく、その後の現実も逼迫状況には至っていない。合理化と人員削減を進める原告の経営方針からしても逼迫どころか相当の余裕が見込まれてしかるべきなのである。しかも原告は、「逼迫」の予想を立てながら、一方では社宅や寮を「リニューアル」「個室化」の名目で減らし続けている。そして、現実の展開は、逼迫どころか空き部屋が多数ある状態である。このような経緯からしても寮の需給逼迫による年齢制限導入はまったく根拠がないものであることが明か(ママ)である。

(原告の主張)

寮は、もともと低所得の若年社員に対し会社の補助のもとに極めて低廉な使用料で居住させる福利厚生施設として設けられたものであるから、これらの社員の寮の利用については、本来右の目的上利用方法について制約することが予定される性格の施設であった。

多額の国鉄の長期債務を引き受けた原告は、福利厚生に関する設備への投資額には限度があり、社員の社宅等の法定外福利厚生費の合理的かつ効率的な支弁が会社の経営上強く要請されていた。平成元年五月ころの東京地域本社管内の寮の使用状況調査の結果、単身赴任者を除く、寮の本来の設置目的である比較的低所得の若年社員向け福利厚生用としての使用者の殆どが三五歳までの社員で占められ、極く少数の三六歳以上の社員が長年にわたって寮の使用を継続していることが判った。また、民間大手企業の独身寮の運用状況を調査した結果、年齢制限(三〇~三五歳が多い。)または期間制限(七~一〇年が多い。)等居住期間を設定している企業が約七割に達している。さらに、原告は、平成三年度以降、大量の高卒新規採用者の増加を計画していたほか、地域間異動者や大卒新規採用者の増加が予測され、また個室化工事に伴う入寮定員の減少等により寮の新設を並行して行っても、近い将来寮の受(ママ)給が逼迫することが予想された。そこで原告は、これらの事情を考慮し、多額の費用を投じて運用している寮について、高年齢の一部特定の社員のみが長年にわたり寮に居住することを許容することは、寮設置の目的にそぐわず、会社の福利厚生費用の支弁の効率性及び公平性を欠く結果となることを考慮し、本件改正を実施した。

なお、平成二年の厚生部長通達については、そのころ社員の属する各労働組合にも説明し、また、各寮事務室に掲出され、入寮者に周知された。その後の本件改正の際には、改正された社宅等利用規程は、社内報であるJR東日本報に掲載され、各事業所に配布され、就業規則等とともに各事業所に備え置かれ、社員に周知するよう措置された。

被告は、本件改正は無効であると主張するけれども、法定外福利厚生事業の寮について、会社がその経営上の合理的裁量により、社会一般に認められている範囲内において居住期間を制限し、しかもその改正については常識上余裕期間と評価されうる経過措置を講ずるとともに、その変更について事前の周知方法をとっている以上、右変更について、被告の同意を得ていないからといって無効ということはできない。

3  不当労働行為の成否

(被告の主張)

本件は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)及び国労組合員に対する国鉄及びこれを実質的に引き継いだ原告による、一連の不当労働行為攻撃の延長線上もしくは一環として理解されるべき事柄であり、本件明渡請求は、原告が、国労及び被告の組合活動及びその影響力を嫌悪し、その壊滅を図り、勢力を減殺するため、被告を社宅から放逐しようと考えて、杉並寮からの退去・明渡しを求めたものである。

被告は、昭和五三年四月に国鉄に入社後国労に加入し、国労東京地本八王子支部三鷹保線区分会青年部常任委員となり数次にわたる施設合理化や「悪慣行是正」「職場規律確立」の名のもとに進められた行革攻撃と闘った。昭和六三年から国労新橋支部新宿駅分会に所属し、平成二年から国労新宿駅分会改札班委員、平成六年から現在まで国労新宿駅分会執行委員の地位にある。このような国労の活動家である被告に対し、原告はこれまで種々の不当労働行為や不利益取扱いを行ってきており、本訴請求も、そのような労務政策の一環としてなされたものである。

本件改正の狙いは、三五歳年齢制限の導入によって平成三年以降本格的に開始された高卒を中心とした新規採用者と国労組合員との接触を遮断し、JR東労組への加入を積極的に推進することを目的としたものである。三五歳という制限は、昭和六二年分割民営化当時国労組合員で青年部に属する組合員(約三〇〇〇名)が丁度新卒が入ってくる平成三年以降この年齢制限に引っかかることを意味する。つまり平成採用者の多くが入居すると当初考えられた独身寮で国労組合員と接触することを極力避けることその労務対策の一環として年齢制限が導入されたのである。

以上のとおり、本件明渡請求は、なんらの合理性もないのに被告ら国労組合員を会社施設から排除することを目的とした不当労働行為であって無効である。

(原告の主張)

居住期間経過後の寮の居住者に対する明渡請求は、本件改正の結果、居住期間を経過した寮居住者に、所属労働組合のいかんを問わず、一斉に行ったものであり、労働組合によって差を設けたり、組合活動家をねらい打ったものではなく、被告の労働組合活動を嫌悪して行ったものではない。被告の主張するように、特定の組合に属し、あるいは特定の組合員であるが故に、社宅等利用規程の適用を排除すべきであるとすると、特定労働組合に特別の利便を提供する結果となる。

3(ママ) 権利の濫用

(被告の主張)

仮に、不当労働行為にあたらないとしても、本件明渡請求は、原告の寮の需給関係が逼迫もしておらず、また杉並寮においては空き室があるにもかかわらず、低賃金の被告に対し、あえて明渡しを要求するもので権利の濫用である。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告の占有権原)について

証拠(<証拠略>、弁論の全趣旨)によれば、原告は、福利厚生施策の一つとして平成七年一〇月一日現在、一〇七棟(定員約八七〇〇名)の独身寮を所有ないし賃借し、従業員に使用させていること、原告は昭和六二年四月に社宅等利用規程を定め、これによって各寮を管理運営していること、原告は寮を使用している従業員から使用料等(使用料、光熱水料金、電話機等設備費)を徴収しているが、その額は各寮の運営経費に比しても格別に低額であり、被告の居住している杉並寮の平成六年度の運営経費についてみるに、寮生一人(定員一一六名であるが、入居率八五パーセントとして算出)につき経常的な経費(光熱水料金、業務委託費、維持・管理費、NTT基本料金、寮長人件費)として月額約三万五〇〇〇円がかかったが、そのうち寮生の負担は八四六〇円のみで、原告が残りの約二万六八〇〇円を負担していること、ちなみに、右経費に地代、建物及び設備の年間償却額を加えた経費は寮生一人あたり六万四〇六四円になること、杉並寮近辺の貸室の賃貸料は月額約五万円を超えることが認められ、右認定事実に照らすと、原告が管理運営する寮の利用関係は、従業員に対する福利厚生施策の一環として、社宅等利用規程によって規律される特殊な契約関係であって、借地借家法の適用はないというべきである。

被告は、社宅使用と労務の提供は対価関係にあり、社宅の現物給付性と使用料等が合わせて賃料としての対価性を有し、本件寮室の使用関係は賃貸借であり、借家法の適用を免れないと主張する。しかし、右認定事実によれば、入寮者が原告に支払っている使用料等は寮の運営経費の三分の一にも満たないものであって、到底寮室使用の対価とは認められないうえ、原告と被告との間の労働契約おいて労務の提供の対価として本件寮室の使用をさせる旨の合意がなされている等の本件寮室の使用と労務の提供が対価関係にあると認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、仮に賃貸借と認められないとしても、本件寮室の利用関係は使用貸借類似の利用契約、あるいは使用貸借であり、本件においては使用目的に従った使用を終了したとはいえない旨主張する。右のとおり、入寮者の支払っている使用料等が寮室使用の対価とは認められない点からすれば、右利用関係を使用貸借類似の契約、あるいは使用貸借と捉えることもできなくはないが、前記認定のとおり、本件寮室の利用関係は社宅等利用規程によって規律されるところ、右規程第一二条には社宅等の明渡事由が規定されている(<証拠略>)から、本件寮室の利用関係の終了事由はこれによって定まるものというべきであって、被告の右主張は採用できない。

さらに被告は、原・被告間において、現労働条件を前提とするかぎり寮の使用が認められるとの労使慣行が成立するに至った旨主張するが、前記認定のとおり、原告は社宅等利用規程によって被告に本件寮室を使用させてきたものであり、右規定に反する労使慣行の成立を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2(本件改正は無効か)について

1  争いのない事実及び証拠(<証拠略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告設立時の昭和六二年四月の社宅等利用規程では、居住の期間について第六条で、「社宅等に居住できる期間については、別に定めるところによる。」と規定し、社宅等の明渡しについて第一一条で、「社宅等に居住している社員等は、次の各号の一に該当した場合は(中略)、寮にあっては三〇日以内に明渡さなければならない。ただし、やむを得ない事由があると社宅担当機関長が認めた場合は、明渡しの期限を延長することができる。」とし、同条三号で、「第六条に規定する居住期間を経過した場合」と規定していたが、居住期間について別に定めるものはなかった。

(二) 原告は、平成元年五月ころ、東京地域本社管内の寮の使用状況を調査したところ、単身赴任者を除く独身者の寮使用者は殆どが三五歳以下であるが、少数の三六歳以上の社員が長年にわたって使用を継続していることが判った。また、民間大手企業の独身寮の運用状況を調査した結果、年齢、勤続、学歴などによる制限を設けたり、入寮者を単身赴任者あるいは自宅通勤できない者に限定する等の入居制限を設定する企業が約七割を占め、このうち最も多い年齢制限では、右制限を実施している企業のほとんどが二五歳ないし三五歳で制限していて、その中でも二七歳ないし三〇歳での制限が多かった。当時、原告は平成三年度以降、毎年約一〇〇〇名の高卒新規採用者を予定していたほか、地域間異動者や大卒新規採用者の増加を予測していたうえ、社会事情の変化及び居住環境の向上を図るため、昭和六三年から順次、単身用の独身寮の個室化に取り組んでおり、個室化に伴う入寮定員の減少等により寮の新設を並行して行っても、近い将来寮の需給が逼迫することが予想された。そこで原告は、これらの事情を考慮し、多額の福利厚生費を投じて運用している寮について、一部特定の社員のみが長年にわたり寮に居住することを許容することは寮設置の目的にそぐわず、会社の福利厚生費用の使い方が効率的でなく、公平を欠くと判断し、本件改正を実施した。

なお、平成六年度の民間調査においても、独身寮を設置している民間大手企業の約八割が入居制限を実施しており、入居制限を実施している企業の半分以上が二六歳から三五歳のいずれかの年齢で制限しているとの調査結果がある。

(三) 原告は、本件改正実施にあたって、平成二年一月八日厚生部長通達(厚企第二二八号)を発し、「独身社員の寮の居住期間は、満三五歳となった日の属する月の末日までとする。ただし、平成七年三月三一日までの間に限り、満四〇歳となった日の属する月の末日までとする。」とし、この施行を同年四月一日からとした。原告は、そのころ、右厚生部長通達について従業員の属する各労働組合に説明した。原告は、翌年の平成三年一月本件改正を実施し、その附則で、「この達施行の際、第六条本文の適用については、改正規定にかかわらず次の各号のとおりとする。(1)平成七年三月三一日までの間に限り「満年齢三五歳」とあるのを「満年齢四〇歳」とする。(2)平成四年三月三一日までの間は、第六条に規定する寮に居住できる期間は適用しない。」と定めた。原告は、右改正された社宅等利用規程を社内報であるJR東日本報に掲載するとともに、各事業所に配布し、就業規則等とともに各事業所に備え置いて社員に周知した。

2  被告は、本件改正は、社宅等利用規定の一方的不利益変更で、手続的に無効であり、内容的にも借家法の趣旨もしくは公序良俗に反し無効であると主張する。そこで、本件改正の有効性について判断するに、前記認定のとおり、原告が管理運営する寮の利用関係は、従業員に対する福利厚生施策の一環として、社宅等利用規程によって規律される特殊な契約関係であるというべきであり、寮室の利用と使用料との間に対価性が認められないことも考慮すれば、特段の事情のない限り、原告は社宅等利用規程の改正という方法で利用関係の内容を変更することができると解される。そして、右1認定のとおり、原告においては、社宅等利用規程制定当初には居住期間の制限についての具体的な規定はなかったものの、当初から居住期間について別に定めることが予定されていたこと、原告は福利厚生費の効率的、公平な支弁を企図して本件改正を実施したこと、本件改正によって規定された居住期間制限は、「独身寮」の利用規定として不合理ではなく、民間大手企業においても同様の制限を実施しているところが相当程度存在すること、本件改正にあたっては、手続的にも充分な経過措置がとられ、従業員への周知手続もなされていることを総合すると、本件改正が手続的に無効であるとか公序良俗に反し無効であると認める余地はない。

被告は年齢制限は不合理であると主張するが、社宅等利用規程第二条では、「寮とは、独身及び単身社員等の居住にあてる施設をいう。」とされている(<証拠略>)ところ、「独身社員」とは結婚前の比較的若年者を対象とすると理解しうることや寮の運営にあたっては多数の従業員を画一的に、公平かつ明確な基準で規律することが必要とされることからすると、独身者対象の寮の居住期間制限について、個々人の能力、経験等によって差が生じうる賃金額ではなく、年齢によって制限することは決して不合理とはいえず、前記認定のとおり、現に多くの民間大手企業が年齢制限を実施しているところであって、被告の右主張は採用できない。また、右のとおり、寮は「単身社員」をも対象としており、原告が、自己の経営施策によって生じた単身赴任者や地域間異動者、広域出向者等を寮に入寮させることが寮の設置目的に反し、福利厚生費の支弁の公平に反するとはいえない。なお、平成七年一〇月一日現在の東京地区での寮入居率は約七六パーセントであり、寮需給は逼迫しているとまではいえないとしても、転勤者等がすぐに入寮できるように余裕をもって運用することが必要なことも考慮すれば、余っているともいえず(<証拠略>)、寮需給が逼迫していないから居住期間の制限が不当であるとの被告の主張も採用できない。

三  争点3(不当労働行為の成否)について

被告は、本件明渡請求を、なんらの合理性もないのに被告ら国労組合員を会社施設から排除することを目的とした不当労働行為である旨主張するが、前記のとおり、本件改正は有効であるところ、改正目的は福利厚生費の効率的、公平な支弁であり、三五歳との制限年齢は民間大手企業の同種事例と比較しても不自然な点はなく、かつ、原告は本件改正後の社宅等利用規程に基づき、所属組合の如何にかかわらず、入寮中の三五歳以上の社員全員(平成七年四月一日現在では、疾病者を除いて九五名)に対し一律に寮の明渡しを求めており(<証拠略>、弁論の全趣旨)、本件明渡請求が労働組合法七条一号にいう不利益取扱いにあたるということはできない。

四  争点4(権利濫用)について

以上によれば、本件改正により、被告は平成七年三月三一日をもって居住期間を経過し、本件寮室の占有権限を喪失したものであるから、原告が被告に対し本件寮室の明渡を求めることは、正当な権利の行使であり、前記認定の寮の入居率や被告の賃金額(支給額合計約二七万円、そのうち税金及び社会保険料は合計約六万二〇〇〇円、<証拠略>)を考慮しても、本件明渡請求はなんら権利の濫用にあたるものではないというべきである。なお、被告が本件寮室を明渡して賃貸住居に入居した場合には、被告に対し、賃貸住宅援助金(家賃の二分の一程度、最高限度月五万円)が支給される(<証拠略>)。

五  結論

よって、原告の請求はいずれも理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石史子)

物件目録

所在 東京都杉並区(以下、略)

家屋番号 四一一番

種類 寄宿舎

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根五階建

床面積

一階 六〇二・〇六平方メートル

二階 五三一・三九平方メートル

三階 五三一・三九平方メートル

四階 五三一・三九平方メートル

五階 五三一・三九平方メートルのうち、四階四一一号室(別紙<略>図面赤斜線部分一三・〇〇平方メートル)

以上

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